2015年

12月

27日

経営者意識の覚醒 2 

新規事業であるサ高住「フラワーホーム」を運営するにあたり、運営実施計画を緻密に策定していたつもりではあったが、竣工引渡しを受けてから今で約3ヶ月、全体の進捗状況を見渡すと、想定していた手順のようには物事が進まなかったり、計画していたスピードよりも遅かったり、目標の数値に届かなかったりなどがあり、また想定外の事も少なからず発生し、己の力不足と指導力の足りなさを歯痒く感じている。

 

しかしその逆で、想定していた以上だったこともある。

経営を行う上で必要とされる要素は「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」の経営資源であるが、

例えば「ヒト」に関して言えば、賃金以上の強い意志と信念に基づく働きをしてくれている人材がいる。身を粉にして日々の業務に携わってくれている人材や、私が気付かなかった所や閃かなかったアイデアを提案してくれたり、有効打になるであろう企画等を次々に打ち出してくれる人材も居る。

確かに会社が求めるレベルに到達していない人材もいるが、向上心がある限り、今後の社員教育の如何によっては、その頑張りに期待が持てる。

「モノ」に関しても、装飾品等の私財や、私物のイルミネーションの提供を申し出て下さってまでも施設作りに貢献して下さっている方もいる。

「情報」に関して言えば、当社の足りない部分、出来ていない部分を御指導下さる方、業界の流れや市場動向の情報を提供してくださる方、地域の方の会合や親睦会等に呼んで下さったり、同業の各社をご紹介して下さったりと、関係先の「輪の広がり作り」までご支援して下さる方がいる。

その他にも、当社の社員ではないのに、当社のために心血を注いで励んでくれた多くの方々がいる。

師匠と師匠の会社のスタッフの方においては、どれほど私を導き、また当社を育て、応援くださっていることだろうか。

こうした方々に共通するのは、「フラワーホームを良いものにしたい」という思いや、丸竹や私を「伸ばしてやろう」という「義」の思いである。

 (※義 利害を捨てて条理に従う。公共のために尽くす気持ち。)

ご指導ご支援ご協力してくださる皆さまの「義」に対して「恩返し」するには、今度は私が「義」を持って経営を行い、フラワーホームや丸竹の事業を通じて社会に役に立つ貢献をし、そして賜った「義」を連鎖させて行くことしかないと思うのである。

 

前回のブログで、「今年に入り、心の持ち方の変化が生じ始めた。」という事を書いたが、その変化とは、今までは恥ずかしながら、得した時や好調な時や折々にしか思い浮かばなかった「感謝」が、損した時でも好調でない時でも、いや、むしろそんな時こそ強く感謝の念が湧き起こるようになったことである。

新規事業なので当たり前と言えば当たり前かもしれないが、冒頭に書いたように、現状は思い通りにいっていない事も多い。

思いがけないほど多くの方達のご厚情やご支援を受けてなお、思い通りにいかないのだから、もしも協力者も支援者も無く、孤軍奮闘状態だったならば、現状よりももっと思い通りにならなかっただろうし、目標の数値に届かなかったりしていたのだろうと思うと、

「もう、ホンマのホンマに有り難いなぁ!」と、天井に向かって、知らず知らずに手を合わせてしまうのである。

新規事業を展開出来るのも、従来の事業に関連する全ての方々のお力添えがあるからである。

昔の賢人の言葉に「商売は感謝に始まり感謝に終わる」という言葉があるが、その言葉の真髄をこの歳になって初めて知った気がするのである。

ようやく私も経営者としての本当のスタートラインに立てた心境である。

 

 

このブログが2015年の締めのブログとなります。

本年中は格別のお引き立てを賜り、まことに有り難く厚く御礼申し上げます。

来る2016年も重ねてのご指導ご厚情の程、よろしくお願い申し上げます。

益々の精進を重ねる覚悟でございます。ありがとうございました!深謝!

 

2015年

12月

20日

経営者意識の覚醒 1

本年より「第二の創業」をスローガンに創業時の原点に立ち返り、「もう一度、会社を0から作るのだ!」という固い決意のもとにスタートを切った訳であるが、日々仕事をしていく中で徐々に今までとは違う「心の持ち方の変化」が生じ始めた。

その事については次回のブログで書くとして、今回は40歳頃に私の中で起きた「大きな心の変化」について書こうと思う。

 

経営者を志した10代の終わりころから40歳頃までの約20年間は、「仕事イコール競争」だと思って生きてきた。

早くに経営者になった為、ハングリー精神や負けん気が強く、そのうえ心の中は「年齢が若いので舐められてはいけない!」という気持ちがいっぱいで、自分を大きな人間に見せようと不遜な態度を取ってみたり、生意気な口を利いたりなど、経営者というよりは「突っ張り」の延長線上でしかない無礼な人間だったように思う。

当時は、競争に勝つことでしか自分自身の存在価値を実感することが出来なかったのである。

昔の自分を思い出すと、恥ずかしくて赤面してしまう。そして同時に、私と関わりのある全ての方への感謝の気持ちで胸が一杯になる。

というのは、普通ならば誰からも相手にされないような生意気な人間であった私に、

「お前はただのアホじゃない!」とか

「お前のクソ生意気な態度は俺の若い時にそっくりやなぁ!」と言いながら、こんな私でも相手にして声を掛けてくださる方が沢山おられた。

「競争だ!」「戦いだ!」と四方八方に突っ張っていたつもりであったが、実情は皆さまの寛大さと厚情に支えられて生きていたのである。

 

その後40歳の時に周りの方からの助言と、自分でも考える所があり、自分という人間を見つめ直した。

すると、突っ張って生意気に虚勢を張り「舐められてたまるか!」という生き方は30代で終わりにしなければならないのではないか?!いつまでもこの様な人間でいては、ここから先、人としても経営者としても成長することが出来ないのではないか?!という考えに思い至った。

これから先、私に必要なのは「信頼の積み重ね」であると思った。

信頼を得るのは、経営者として真面目に仕事に取り組む姿勢であると考え、自身を改めた。

「信頼を得ること」に重きを置くと、私の関心は、競争で勝つことよりも三方良しの追求へと移行した。

すると次第に、会合などもあちらこちらから招待を受けるようになり、業務環境の変化が次々に起り、会社が存続出来ているのは「己の力」ではなく「まわりの支え」であることを自覚するに至った。

いつの間にか「仕事イコール競争」ではなくなり「仕事イコールお陰さま」と思うようになった。

 

(続く)

 

2015年

12月

13日

父との思い出

私の育った大阪府泉南市樽井は大阪府のほぼ南端にあり、車で南に約5分、西に約10分走ると和歌山県との県境に差し掛かかる位置にある。

大阪と言ってもかなりの田舎町である。

今でこそ、関西空港の対岸都市として大規模商業施設や高速道路・鉄道網等のインフラも整いつつあるが、市内の中心部より少し離れるとまだまだ田舎町の一端が即座に見て取れる。

和歌山との県境の山に少し入れば、昆虫の宝庫である。

自然のままの手付かずの森林が多く残っており、イノシシやタヌキ・キツネは言うに及ばず、オオタカの営巣地やオオサンショウウオの生息地が発見されることがあったり、まれに月の輪熊や鹿だって出る始末である。

 

そんな田舎であるから、私が子どもの頃には、半径500メートル以内の近所に昆虫採集を出来る場所が幾つもあった。

父と一緒に玉網と虫カゴを携えて、昆虫採集をした記憶もある。

当時の父は子供である私の目から見て、少なからず昆虫採集の名人であった。

私がいくら取ろうと思っても、偶然に玉網に入った時しか取れないのに、父が玉網を持つと、あっという間に虫カゴが一杯になった。

それどころかトンボは勝手に父の持つ玉網に飛び込んでくるし、蝶々は取ってくれと言わんばかりに父の面前をフワフワ飛ぶ。バッタも父に玉網で掬い取られるまでジッと大人しくしているのである。

これらの光景が当時、子供心に不思議でならず魔法でも使っているように見えた。

その後、確か小学3年生の夏休みだったと思うが、昆虫採集の奥義を父が教えてくれることになった。

まずトンボだが、これは縄張り意識が強く、いつも自分の縄張りをパトロールしながら円を描くように飛ぶ習性があると教えてくれた。

そのため玉網の棒の端を持ち、空に向けてクルクル回していると敵の侵入と勘違いして近付いて来て勝手に玉網に入るのだと教えてくれた。

蝶々は、草むらの同じコースを次々に飛んでくる習性があり、これを蝶道と言うらしい。

ここで待っていると採集するチャンスが次々に巡ってくると教えてくれた。

要は「追わずに待つ」という昆虫採集の奥義である。

またバッタは目が良く視野が広いので、真後ろから出来るだけ態勢を低くして、無理に近づかずに、息を止めて1メートル手前から刀を振り下ろす要領で掬い取るのだと教えてくれた。

 

父は当時、昼夜隔週交代の勤務体制の工場に勤務していたので、日中に睡眠を取る日も多く、あまり遊んでもらえる機会は無かったが、少ない休みを使ってこの他にも「釣り」「竹の子・キノコ・マッタケ狩り」「自然薯掘り」「栗やぎんなん拾い」「薬草の採集」などを私に教えてくれた。


2015年

12月

06日

はたらく

既存事業に加えて新規事業の立ち上げなどもあり、ここ数年は人生の中で一番よく働いているように思う。

そこで本日は「はたらく」ということの意味を自分なりに再確認しながら考えてみようと思う。

まず思い浮かぶのは、毎日働けるのは、やる仕事があるからであろう。

これは当社に関連してくださっている全ての方々のおかげであるから、本当に心の底から御礼を申し上げます。

次に思い浮かぶのは、働けるのは自分自身の肉体が健康であるからであろう。

これは健康な肉体を遺伝的に与えてくれた父母を含めてすべてのご先祖様に感謝申し上げると共に、日頃からの健康管理を怠ることなかれと再確認した次第である。

 

一般的に「はたらく」とは賃金労働のことを表していると思うが、もっと広い意味では対価(賃金)が発生しないものも「はたらく」である。

ボランティアをすることも「はたらく」であるし、子どもが親の手伝いをすることも「はたらく」であるし、友人のために何かをお膳立てすることも「はたらく」である。

そう考えると「はたらく」とは個人が出来る社会貢献の総称でもあろう。

真面目にコツコツと「はたらく」ことは、知らぬ間に社会の役に立っていることなのかもしれない。

 

よく言われている言葉で、

「はたらくとは、傍(はた)に居る人を楽(らく)にする」というものがある。

自分の「時間」と「労力」を使って手に入れた対価を、傍に居る人に「提供する」ということになる。

しかし、こちらが提供しているつもりが、形を変えた目に見えない対価を、実は自分が享受していたりする。例えばボランティアならば、自己の成長や社会的価値の創造などという対価を享受できる。

それに「お陰さま」「お互いさま」の文化のある日本では、人に提供したもの(金銭、物品、労力、義理、親切etc・・・)は人と人との間を循環しながらいずれ自分に帰ってくるものである。

人の為に何かをしているようでも、結局はそれが自分の為になるのである。

自分の利益のみを追求して働くのは、いつか虚しくなるのではないだろうか?

誰かの役に立ち、誰かに必要とされて、人間は初めて自分の居場所を得たと感じ満足出来るのではないだろうか?

企業も同じである。

昔は単に利益を生み出せば優良企業だったかもしれないが、現在、企業が置かれている社会的背景や経営環境を見渡すと、そういった次元で企業が評価される時代はもう過ぎつつあると思うのである。

現在では「社会の役に立っている企業か?社会から必要とされている企業か?」が今まで以上に重要視されるようになって来た。

その観点から、当社の新規事業である「サービス付き高齢者向け住宅 フラワーホーム」は、高齢者様へのサービスを通して若者の雇用を創出し、幾ばくかの社会貢献を果たすことが出来ればと思い立ち上げた次第である。