2015年

12月

06日

はたらく

既存事業に加えて新規事業の立ち上げなどもあり、ここ数年は人生の中で一番よく働いているように思う。

そこで本日は「はたらく」ということの意味を自分なりに再確認しながら考えてみようと思う。

まず思い浮かぶのは、毎日働けるのは、やる仕事があるからであろう。

これは当社に関連してくださっている全ての方々のおかげであるから、本当に心の底から御礼を申し上げます。

次に思い浮かぶのは、働けるのは自分自身の肉体が健康であるからであろう。

これは健康な肉体を遺伝的に与えてくれた父母を含めてすべてのご先祖様に感謝申し上げると共に、日頃からの健康管理を怠ることなかれと再確認した次第である。

 

一般的に「はたらく」とは賃金労働のことを表していると思うが、もっと広い意味では対価(賃金)が発生しないものも「はたらく」である。

ボランティアをすることも「はたらく」であるし、子どもが親の手伝いをすることも「はたらく」であるし、友人のために何かをお膳立てすることも「はたらく」である。

そう考えると「はたらく」とは個人が出来る社会貢献の総称でもあろう。

真面目にコツコツと「はたらく」ことは、知らぬ間に社会の役に立っていることなのかもしれない。

 

よく言われている言葉で、

「はたらくとは、傍(はた)に居る人を楽(らく)にする」というものがある。

自分の「時間」と「労力」を使って手に入れた対価を、傍に居る人に「提供する」ということになる。

しかし、こちらが提供しているつもりが、形を変えた目に見えない対価を、実は自分が享受していたりする。例えばボランティアならば、自己の成長や社会的価値の創造などという対価を享受できる。

それに「お陰さま」「お互いさま」の文化のある日本では、人に提供したもの(金銭、物品、労力、義理、親切etc・・・)は人と人との間を循環しながらいずれ自分に帰ってくるものである。

人の為に何かをしているようでも、結局はそれが自分の為になるのである。

自分の利益のみを追求して働くのは、いつか虚しくなるのではないだろうか?

誰かの役に立ち、誰かに必要とされて、人間は初めて自分の居場所を得たと感じ満足出来るのではないだろうか?

企業も同じである。

昔は単に利益を生み出せば優良企業だったかもしれないが、現在、企業が置かれている社会的背景や経営環境を見渡すと、そういった次元で企業が評価される時代はもう過ぎつつあると思うのである。

現在では「社会の役に立っている企業か?社会から必要とされている企業か?」が今まで以上に重要視されるようになって来た。

その観点から、当社の新規事業である「サービス付き高齢者向け住宅 フラワーホーム」は、高齢者様へのサービスを通して若者の雇用を創出し、幾ばくかの社会貢献を果たすことが出来ればと思い立ち上げた次第である。