2017年1月のページ

2017年

1月

28日

きっかけは図鑑

昨年、定年まで公立学校で社会科の先生をしておられたという方とお会いする機会があった。

自己紹介をし合い、いくつか話をした後、話題はおのずと歴史の話に移行して行った。

ツーと言えばカーで話が通じ合うので、思わず先生を前に戦国時代について熱弁をふるってしまい、「本当にお好きですね」と呆れられた。

 

さて私は子供の頃から何事にも好奇心いっぱいで、見るもの聞くもの全てに反応してしまい、まわりに居る大人達を「これは何?あれはどんな仕組み?」と質問攻めにする「不思議だなぁ少年」であった。

小学校2年生のある日、こんな事があった。

学校の帰り道、ある1匹の虫を見つけて家に持ち帰った。そして理科の教科書で調べてみたが、どこを探しても載っていなかった。その後、父にその虫を見せて名前を聞いてみたが、父も名前を知らなかった。

私は父に「大人やのに、こんな虫も知らんの?アホな大人やな!」と言った記憶がある。

しかし父は、私の暴言に怒りもせず何も言わなかった。

翌日、学校から帰ると小学館の「昆虫図鑑」が机の上に置かれていた。

その本を見つけるなり私は夢中になり、夜遅くになって父から「明日も学校やろ!早く寝なさい!」と言われるまで読み耽っていた記憶がる。

それ以降、父は誕生日や記念日ごとに、小学館の図鑑シリーズをプレゼントしてくれるようになり、6年生のころには全巻揃った。

その中でも特に、中国の始皇帝の陵墓発掘やエジプトのピラミッドなど、お宝探し系の図鑑が大好きだった。

というのも、その図鑑が手に入る以前に、シュリーマンの「トロイの発掘」と「ツタンカーメン王の呪い」というノンフィクション本を読み、「僕もどこか外国に行って、お宝を発掘しよう!」と夢を抱いたからである。

しかし暫くのち、私は「子供だから、まだ外国には行けない!?」と考えて、今度は「武田信玄の隠し蔵伝説」や「徳川幕府埋蔵金伝説」など日本史を中心に、あれこれと本を読み漁るようになった。

そして、それらの本を参考にしながら、「もしかしたら??」と近所の山や河原や空き地に穴を開けまくるようになった。

中学生になる頃には、小学生向けの図鑑から脱皮して、今度は古本屋で歴史本を探して読むようになった。

初めは、お宝発掘を目当てで読んでいたが、いつしか歴史上の人物(特に武将の人生)に魅了されるようになり、ますます歴史好きに拍車が掛かった。

ここから現在に至るまで、私の歴史好きは変わらない。

歴史のリーダー達から学ぶ>>でも書いたように、歴史本からリーダーの姿や組織作り、戦略など、失敗も含めビジネスに生かせることが学べる。

歴史好きになったきっかけは、1冊の昆虫図鑑であった。

何がどこでどう繋がるか分からないものである。

 

2017年

1月

17日

経営改革

3年間という期間を定めて「第二の創業>>」をスローガンに経営の改革に着手して今年で3年目を迎える。

どんなに小さい事柄も見逃さず、聖域を設ける事無く、また現状に甘える事無く、

事なかれ主義・前例主義・過去のしがらみ・慣例を徹底排除し「すべてを見直す」ことを目標に順次実行している。

すでに実行したものを一部挙げると、小さなところでは、電話回線の集約化や定期購読紙の見直し、リース物品・損害保険の見直し等のコスト削減。

大きなところでは、サ高住、訪問看護介護ステーション、ケアプランセンター、診療所の開業運営。

同業他社の経営統合。

給与体系や、社員・役員人事の見直しなどである。

実行した項目の中には、私の特性であるすぐ!すぐ!すぐ!今!今!今!>>から、独断専行や、時を待たずして変更したものも多くある。

しかし、私の信念である、お客様の満足、企業の満足、社会への貢献三方良し>>を具現化するため、また企業理念>>である「社員やスタッフが物心両面で豊かな生活を送り、自分の将来に安心感を持てるようにする事。」を実現させるための、将来の企業経営の安定を見据えた改革であるため、関係者の方々にはお許し頂きたい。

 

ところで年末に見かけたある新聞記事の中に、私の心を射抜いた言葉があった。

『会社っていうのは成長したら、ぶっ壊して0から作り直すものだ!』

これは、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏の言葉である。

会社組織は大きくなってくると、経営者自身も含めて役員・社員が現状に甘えて、挑戦することが少なくなってくる。また現状をあえて鑑みずに、調子の良い話だけを現実だと思い込み、組織が硬直化し、事なかれ主義・前例主義が蔓延し始める。

これがいわゆる「大企業病」である。これを打破する為、柳井社長は企業経営の刷新を定期的に繰り返すという。

 

この記事を読んで、当初は3年間で一区切りと考えていた「第二の創業」の経営改革を変更することにした。

ファーストリテイリングのような大企業ですら、柳井社長の言葉を借りれば「ほとんどの役員が私の経営手法や意見と合わずに辞めて行った。」ほどの大改革を当然のように行っているのである。

実際には、中小企業である当社には、そこまで大きな改革を行うのは経営体力や人材的にも限りが有り厳しいが、改革を止め現状で良しとしてしまうと、そこから衰退に向かって行くと思うのである。

そこで、当初は3年間で一区切りと考えていた経営改革を永続的に行うことにした。

そのためスローガンを「たゆまぬ経営刷新・挑戦の継続」とすることにした。

変わり続ける経営環境に対してアンテナを高くし、敏感に様々な施策を講じ、時代と共に変化し続けなければ、企業の未来は無いと感じる。

身の丈を考慮しつつも失敗を恐れず、一切先送りせず、経営の刷新を繰り返し、毎年毎年が創業だという意気込みで、精進を重ねてまいります。

 

2017年

1月

07日

地獄掃除

2017年 新年あけましておめでとうございます。 

旧年中は大変お世話になり誠に有難うございました。 賜りましたご厚情に深謝致しますと共に、 本年も変わらぬお引き立て、尚一層のご高配賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 

さて、年が明けて第一回目のブログは「地獄掃除」について書いてみたい。

私は掃除については異常なほど細かく厳しい人間だと思う。

窓に拭き跡が残っているなんて我慢出来ないし、桟の掃除には爪楊枝を使う。

徹底的に掃除をする時は、会社の前の道路にも掃除機とコロコロ(粘着クリーナー)をかけるぐらいである。

毎日掃除をするが、それでも掃除が行き届いていない!と感じた時は、皆の仕事の手を止めさせて、社員全員で徹底的に掃除に取り組む。掃除による筋肉痛で半泣きになる社員もいるぐらいである。

「尋常じゃないレベルの掃除」という意味で、本当は「地獄掃除」よりも、もっと酷い呼称で皆が呼んでいるのだが自粛した。

社員に対して口うるさく「掃除!掃除!」と言うぶん、私自身が先頭に立って、誰よりも掃除をしている。

会社の顔である玄関と、トイレは、重要な場所なので、私の担当で一日に何度も掃除をする。私が訳あって掃除出来ない時は幹部社員が掃除をする。

本社の中には空気清浄機が8台あるが、月に1度そのフィルター掃除をするのは私で、会社の風呂場でパンツ一丁になって分解掃除をする。

社員たちが掃除した場所を見て回り、不行届を見つけると自分が先導して一緒にやり直す。

私が、社員たちに求める掃除の水準は、かなり高いレベルなので、入社して日が浅い社員達などは戸惑い、ウンザリしていたことだろうと思う。

ここまで徹底した掃除を求めるのならば、プロに頼めば良いのでは?と思われるかもしれないが、それでは意味が無いのである。

 

土俵と同じ

私は小学生の頃、少林寺拳法を習っていたが、練習時間の半分以上の時間は道場の掃除をさせられていた(2時間の練習時間で実際に拳法の練習をするのは40分くらい)。父親から「お前は拳法じゃなくて、掃除を習いに行ってるんか?」と揶揄されたほどで、生徒同士でも「そうじんじ拳法」と呼んでいた。

高校では、柔道の畳の目に詰まった汚れを、爪楊枝でほじくり返してするような厳しい掃除を学んだ。

相撲の土俵もそうであるが、大げさに言うと自分の命を掛けたやり取りをする場所だから、清浄に保ちたいという思いが働く。

それと同じで、仕事は生活(人生)の土俵でもあるのだから、職場は常に清浄に保ちたい。

 

協調性を育む

心のこもった掃除は、「自分だけ良ければいい」という個人主義な考えの人には出来ないだろう。

しかし、最初は嫌々でも皆で力を合わせて、同じ目標に対して同じ事をすることで、次第に協調性が生まれて来ると思う。

最初のうちは「掃除をしたという既成事実を作ること」が目的かもしれないが、やり直しが発生したり、慣れてくるうちに「綺麗にすること」自体が目的になる。そうなって来ると「自分だけ良ければいい」という考えは自然と消えているのではないだろうか。

 

習慣化しスキルアップ

常に職場を綺麗に保っていると、少しの汚れでも目につき、気づきやすくなる。

気づくことが出来るだけでも1歩成長、次に、見て見ぬふりをせず綺麗にすることが出来るようになると、大きな成長。

汚れに気づいて綺麗にするには、「気付ける力」「実行力」「奉仕の精神」が必要である。

その行動が習慣化すると、自然と日ごろの業務にも「気付ける力」「実行力」「奉仕の精神」が表れるものである。

 

工夫する力

はっきり言って掃除に関しては、「私が一番掃除をしている」ことを免罪符にして、私は社員スタッフ達に過大な要求をしていると思う。私の要求する水準にまで掃除をしようと思うと、時間が足らなくなることは自覚している。

しかし、ただ漠然と掃除をするのではなく、より良い方法を工夫して欲しいと考えている。

これも前記と同じように、工夫する事が習慣化すると、自然と日ごろの業務にも「工夫する力」が発揮されて来るものである。