2017年11月のページ
2017年
11月
30日
木
常に感度の良いアンテナを!

以前にも何度か書いていることだが、私は不安症である。(関連記事:不安の哲学 自分の背丈以上のことはしない)
それゆえ24時間、いつも頭の中から仕事に対する不安が離れない。
仕事とは関係のない話をしていても、休日にどこかに出掛けていても、脳の一部には常に仕事のことがある。
そのせいか自分の意思とは関係なく昼夜を問わず突然に「経営手法のひらめき」が生まれて来る。その為、若い頃から常に枕元にはメモとペンを常備しているし、日中も手帳を手放したことはない。
ところで最近になって、生まれて来る「経営手法のひらめき」には2種類あることに気付いた。
まず一つ目は、忘れていた記憶や知識や経験などの情報を思い出すことによって生まれる「ひらめき」である。
私は経営に関して、すぐには解決できないような悩みを抱えた時にはいつも、約40年間に渡り師事させていただいている左右田鑑穂社長を頭に浮かべ、
「左右田社長なら、この状況を打開するにはどうされるだろうか?」と自分自身に問いかける。
現在では東証一部上場の大企業である東建コーポレーション(株)も、私が社長のご自宅でしばらく書生をさせていただいていた頃には、ちょうど今の当社と同じぐらいの規模であった。(当時社長はなんと30歳、現在私は55歳。年齢から考えても社長の偉大さが分かる!)
業種は違っていても会社の規模が同じぐらいであると、抱える悩みは同質のものが多い。
「あの頃の社長は今の私と同じような悩みを抱えていただろうか?社長はどのような考え方をし、どのような手法をとっていたか?」と記憶を辿る。また書生の頃から現在に至るまでに、ご教授してくださった数多くの教えをあれこれ脳内に蘇らせて、現状に当てはめながら解決方法を考察するのである。
するとそのまま問題解決に繋がる記憶が蘇えって来ることもあるし、また、何か月もたった時に突然忘却していた記憶が蘇えって来て、それが問題解決の糸口になることもある。
2つ目は、記憶や知識や経験などの情報が連結することによって生まれる「ひらめき」である。
具体的な例を出すと『「介護のことで専門家に相談したいけど、わざわざ出向くのも、電話で顔が分からない人に相談するのも嫌」というお声があったという記憶』が私の頭の中にあった。また、『フラワーホームカップには多くの高齢者が集まり、プレイをしていない空き時間もある』という経験からの知識もあった。それらが連結して、「大会会場の隅に介護の相談コーナーを作ろう!」という「ひらめき」が生まれる。といった具合である。
今回この記事を書こうと思ったのは、社員や職員そして若い人たちに、「ひらめきは情報から生まれるのである」と言いたかったからである。
ひらめきは何もないところから突然生まれるのではない。
だから常に感度の良いアンテナを立て、記憶や知識や経験を蓄積することが大切である。
【関連記事:ひらめきは情報を蓄積してから】
2017年
11月
19日
日
生涯の縁

今回のブログは、私が中学3年生の時から40年以上に渡り、兄弟以上に濃い付き合いをさせていただいている石井兼輔先輩(国際武道大学 武道学科 教授)と、その母について書いてみようと思う。
先輩との出逢いは時代を溯ること昭和53年9月、私が中学3年生の時に進路先を決めるため、奈良県天理高校柔道部の練習に学校訪問を兼ねて参加させていただいたことが始まりであった。
3日間の予定で参加させていただき、宿舎は柔道部の寮であった。階級(重量級)が近いという事で、石井先輩の部屋にお世話になることになった。
石井先輩はデカい私よりも更にタテにもヨコにも大きな体格(187cm115kg)なうえ、肌の色が褐色だったので(実は地黒の上に日焼けだった)、初めて先輩を見た私は、外国人かと思い一瞬身構えたのであった。
1日目の練習が終わり、風呂や夕食の後に寮の部屋で石井先輩が初めて掛けてくれた言葉は、
「入学を止めておくなら今の内やぞ!厳しさは想像以上だぞ!」であった。
私は「同じ柔道をするなら日本一の学校で頑張り、男になりたいと思います。実はもうこの学校に決めています!」と答えると、
先輩は「そうか!分かった!覚悟の上やな!?来年4月に待ってるわ!」と返してくれた。
翌年4月になり予定通り入学し、寮は石井先輩と同じ部屋になった。
練習の厳しさは、先輩が忠告してくれた通りに想像を超えたものであった。
入学して2週間くらい経過したある日の夜、思いつめた私は先輩に、
「今日で学校を辞めます。今夜、夜の内に寮を脱走して、暫く大阪のミナミあたりでバイトしながら身を隠します。」と打ち明けた。
当時は至極本気であった。
すると先輩は「お前のいう事は良く分かる。俺も同じ気持ちやった。しかしなぁ俺は、母子家庭で必死に育ててくれた母と、可愛がってくれた祖父母に恥はかかされへんのや!日本一の錦を飾るまでは故郷の淡路島へは帰られへんのや!お前も覚悟を決めてココに来たのとちゃうんか?男になりたいと言うてたやないか?」と私を引き留めてくれた。
それでも辞めたい一心だった私は納得せず返事を躊躇していると、
「人前ではダメだが、部屋の中では俺の事を先輩と思わんでええから、もう一度頑張れ!そしたら少しは気が楽やろ?」と言ってくれた。
ここまで言ってもらえると、もう返事は「はい」しかなかった。恥ずかしながら先輩の思いに涙が出た!有り難かった。
お言葉に甘え、その日から敬語を止めて自分をさらけ出し、先輩を先輩とも思わぬ無礼な態度をとり、時には自作したアダ名で先輩を呼ぶことさえあった。笑
しかし先輩は「部屋の中では俺の事を先輩と思わんでええ」の言葉通り、大きな肉体に似つかわしい大きな度量で、私の友になってくれた。
おかげで寮の部屋は、私が心の底から気を緩めることが出来る数少ない場所の一つになった。
しかし寮の部屋を1歩外に出ると先輩は先輩に戻り、そして練習に関しては情け容赦なく厳しかった。
そんな先輩に反感を覚え、柔道場で本気の火花を散らすことも度々あったが、部屋に戻ればまた親しみ深い友として接してくれるので、昼間の火花はあっさりと消えてしまうのであった。
その石井先輩の母もまた、こっそりと私に手を差し伸べてくれた。
入学して1か月目の頃、父兄参観があった。その後に先輩のお母さんが、私に声をかけてくれた。
「君が後輩の立花君やな。うちの息子が無理を言うたり苛めて来たら、すぐに電話しといで」と言って電話番号が書かれ紙を手渡してくれたのである。嬉しかった。
その時「兼輔には秘密やで」と言われたので、私がこの話を先輩にしたのは20年以上後の、お母上が亡くなられた時の通夜の席であった。
私の話を聞き終えると先輩は「お前があまりに酷いので俺はオカンによく愚痴をこぼしていたんや」と目をしばたたかせた。
高校時代も卒業後も、先輩が淡路島に帰省するのに便乗して私もよくご実家にお邪魔した。
お母上はいつも飛び切り新鮮な魚を捌いて、手料理を振舞ってくれた。焼き網の上の切り身がピクピク動いていたことを覚えている。
海が時化て良い魚が手に入らなかった時は寿司屋に連れて行ってくれて、「木札の端から端まで全部、1人2貫ずつ、この子達に握って!」と言ってくれたこともあった。
2年間、柔道部の寮でともに暮らしたことで兄弟のような関係になった。
今でも週に1度、石井先輩とは用も無いのに電話で話す。
きっとこのブログも見るだろうから小っ恥ずかしいが、たまには感謝の意を表してみた。
【関連記事:連鎖 :「絶対に勝てる」に潜む魔】
●当社シニア事業部のサービス付き高齢者向け住宅である「フラワーホーム」を冠させていただいている泉南市グラウンドゴルフ協会主催「泉南市グラウンドゴルフ大会 第4回フラワーホームカップ」を開催いたしました。

2017年
11月
07日
火
情報発信の重要性

とくに中小零細企業の製造業の場合、「商品開発」には全力を注ぐけれども、「セールス」に関してはお座なりにしてしまっているところが多いように思う。
商品を生み出したことで満足し、そして「すばらしい商品なのだから、きっとそのうち評判になる」と期待をしてしまうのだろう。しかし、そのような経営は自己満足の経営だと私は思う。
今の時代、経営資源の限られた中小零細企業が、低コストで始められ効果が高いセールスは、WEBを使った情報発信である。
当社でもHPには力を入れており、情報を求めている人には、どんどん専門的なページに進んで行く構成の、かなりページ数の多いHPになっている。(丸竹HP>>)
また私がブログを始めた目的は、私の頭の中にあるビジョンの可視化、社員教育、忘備録の為であったが、10日に1度のペースでHPが動いている事や、経営者の顔や考えが見えることから、新規取引の企業様や消費者様の安心に繋がっているようである。
そして当社が運営しているサービス付き高齢者向け住宅フラワーホームにおいても、ことあるごとにHP、スタッフブログ、Facebook等で頻繁に情報発信を行っている。
情報発信を重ねることで、向こうから思いがけない提案が次々に来た。
例えば実施したものを紹介すると、地元の眼鏡店さんが定期的に、ホームにて無償で入居者様の眼鏡の洗浄や調整をしてくださる事になった。(詳しく>>)
眼鏡店さんにしてみれば、皆に喜んでもらえる活動を通して自社を知ってもらい、いつか新しい眼鏡が必要になった時に声をかけてもらえれば・・・という想いがあっての事だろう。
当社にしても、入居者さまが喜んでくださる事なので有り難いし、まさに三方良しなのである。
また地元の障害者施設が運営するパン屋さんから、パンの訪問販売の提案があり、週に1度ホームのエントランスでお店を開いてもらうことになった。これも入居者様は大変喜んでくださっている。
また慰問のボランティアの方からのオファーも数多くいただいている。
ただやはり高齢者向け施設という業態のため、WEBの利用者はそう多くはなく、情報発信には限界がある。そこでweb以外に当社が行っている情報発信の一つがイベントである。
身の丈を超えない範囲ではあるが社会貢献のイベントを開催し、そのイベントを通してホームを認知していただこうという想いから、春と秋の年に2回、泉南市グラウンドゴルフ協会の方たちのご尽力を賜りながら、約200名規模のグラウンドゴルフの大会「フラワーホームカップ」を開催させていただいている。
また夏には、入居者様のご家族や、近隣の住人の方を招待して、盆踊り大会を開催した。それには約120名の方が参加してくださった。
会社も高齢者施設も同じで、「何をやっているところか良くわからない所」となってしまっては、いけないと思う。またHPがあっても、更新されてない古いHPだと心配になってしまう。
常に最新情報を発信し続けることが企業の信頼度向上につながるだろう。
・・・と思いながら今日も眠い目を擦りながらブログを綴っている。