2018年6月
2018年
6月
23日
土
自分の稼いだお金でご飯を食べる事
近年、ますます若者たちが夢や志を持たなく(持てなく)なってきているように思う。
そこには、社会の仕組みや環境など様々な要因があるだろう。
関連記事:減点法か加点法か>> 若者たちのチャンスの時代>>
さて先般、代理店の20代若手社員から、こんな質問を受けた。
「社長さんにとって経営とはなんですか?」
私は即座に「三方良しの実現」と答えた。
続いて「経営は楽しいですか?苦しいですか?」と質問があり、
「苦しい事の方がほとんどだけど、経営というプロセスが好きなんです。それと、志の貫徹」と答えた。
「好きだという事は理解できますが、社長の志は何ですか?」と問われた。
39年前、私が17歳の時に東建コーポレーション(株)の左右田鑑穂社長に出会い憧れて、左右田社長のような経営者になろう!と思ったことが志だと答えた。
すると、「みんなから夢を持ちなさい、志を抱きなさい、とよく言われますが、僕は夢も志もありません。取り敢えずは毎日、自分の稼いだお金でご飯を食べる事と仕事を休まない事です」と返って来た。
その答えを聞いて私は彼に充分な伸び代を感じた。志は何も立派なものである必要はなく、「こうしようと心に決めたこと」が志なのだから、
「君は一番の基本である自分の金でご飯を食べる事と仕事を休まない事という志を持つことが出来ているじゃないか!」と言った。
すると「夢や志はもっと大きな事だと思っていました。」と返ってきた。
「大きな夢や志を持つことは大事な事だけど、基本がしっかりしていないと、いくら大きな志を持っていても只の夢物語にしかならない。基本を継続しながら人生を進んで行けば、
その道すがら、これぞという志が見つかるかもしれない」といった内容の事を私は答えた。
20代の彼が言った「毎日、自分の稼いだお金でご飯を食べる事と仕事を休まない事」というのは、生きて行く為の基本で、これを毎日継続していても褒められことも無い。社会人なら当たり前のことだからである。しかし、この当たり前を継続し続けることは全然簡単ではない。しんどい。
私も過去に何度も、仕事がしんどくて、この基本を継続する事に心折れそうになった。その度に踏ん張り続けて軌道を元に戻したが、56歳の今であっても経営をしている限り不安がゼロになる事なんてないし、責任やリスク、不条理や葛藤にもさらされる。しかしそうした負の物全てを常に心に内包し共存しながらも、諦めず継続して行った先にこそ、今よりも少し良い未来があるのではないだろうか。
2018年
6月
05日
火
「一生恨んで、大人になったら必ず仕返しするからね」
昔、こんな事があった。
ふと思い出したので綴ってみたい。
これまでに何度も書いて来たが、私の亡き母は病弱で、入院することも多く、退院して来ても寝付いていることが多かった。
そんな母を、父の姉は事あるごとに責めた。
小言が始まるのは、きまって父が不在の時。小言の内容は病気のことで、母にとってはどうする事も出来ない不条理な非難であった。
寝付くことが多い病弱な嫁に、夫の身内がキツク当たるのは、当時の時代的背景と環境を考えれば、よくある事で、母は父に愚痴一つこぼさず我慢を重ねていた。
父の姉も、悪気のない素振りで叱責を当たり前の事のような態度でいたが、母は辛い思いをして落ち込み、いつも苦しんでいた。
幼い私に対して母は、そんな姿をあまり見せないようにはしてくれていたが、たまたま見ていた私もすこぶる心が痛く、何度も酷く傷ついた。
今でも当時の母の気持ちを考えると、毎回、涙が出て震えが止まらなくなり、悔しかった想いが蘇る。
あまり弱音を吐かない母であるが、ある日、
「あの人と私は、人としてどれほど違うのだろう?」
「あの人は私よりどれだけ偉いのだろう?」
「私は、なりたくて、こんな病気になったのではない!」
と私に小声で漏らしたことがあった。
この瞬間の事は心に焼き付き、まるで映画のように鮮明に思い出すことが出来る。
あの時、私は、
「叔母さんを一生恨んで、大人になったら必ず仕返しするからね」
と母を慰める気持ちで言った。
すると母は、
「人を恨む事は絶対してはいけない。仕返しは必ずまた自分にいずれ返ってくる。それなら人を恨むんじゃなくて、人が羨む男になりなさい」
と教えてくれた。
母が亡くなって何年経っても、私の悔しい気持ちは消えず、父の姉が憎らしかった。腹が立っていた。しかし最後のところで、私は母の言い付け通り、父の姉を恨む事はしなかった。
父の姉が住むところに困った時には、振り子のごとく「憎らしい気持ち」と「許そう」という気持ちの間を行き来したが、結局、私が所有する空き家を提供した。
父の姉は、亡くなる寸前に病院に入るまで、その家で暮らした。
父の姉は鬼籍に入ったが、(他にする人がいない為)私が約20年間、父の姉の墓掃除と墓守をしている。
渋々ながらも許して手を差し伸べたことで、激しい怒りは少しずつ昇華され、凪いだ心を取り戻した気がする。
この世では、父の姉の前で小さくなっていた母が、今頃あの世では、大きな顔をしてくれていることだろうと願う。