2016年

2月

07日

性善説と性悪説をビジネス目線で考える

長年、経営に携わっていると、年間を通して色々な会社の方から様々な新規案件(提案)が持ち込まれる。

そのような場合の対応の仕方は、一般的に2通りであろう。

一つは性善説で捉えて、好意的に相手と向き合うか、もう一つは性悪説で捉えて、相手を疑ってかかるかである。

前者の場合はビジネスチャンスを掴めるという利点があるし、後者の場合は、騙されたり失敗したりするリスクが少ないという利点があり、どちらの方が良い悪いというものでもないだろう。

私自身は、どちらかと言えば性善説論者である。

ただし、いきなりのテレアポ営業に関しては、まずお断りである。

それ以外の持ち込まれた案件(提案)に関しては、すべて善意と解釈し、その案件の可能性を追求する為に好意的に話を伺い前向きに考える。しかし当たり前の事だが、案件を色々な角度から検証し精査することは怠らない。

その結果、持ち込まれた案件の採用数は、正確に数えたことはないが、持ち込まれた数に対してたぶん100分の1にも満たないだろう。

採用数が少ないのは、精査した結果、相手方が信用に足らなかったという訳ではなく、私の性格からである。

 

私の表層の性格は「すぐ!すぐ!すぐ!今!今!今!」で、せっかちで短気なのであるが、深層の性格は「自分の背丈以上のことはしない」や「不安の哲学」を読んで頂ければ分かるように、石橋を叩いても渡らず、叩いている内に石橋が割れてしまう程の慎重な性格なのである。

案件を検証すれば必ず不安要素は複数出て来るものである。その不安要素をカバー出来る手立てを一つ一つ検証して行くが、カバーできる手立ても無いとなれば見送りとなるので、結局は上記のような採用数になってしまうのである。

 

さて、ここまで読んだ皆さんの疑問はコレであろう。↓笑

「騙されたことはある?」

答えは、お恥ずかしいが若い時に複数回ある。

これは、相手に悪気は無かったが結果的にそうなったという部類ではなく、初めから詐欺を企み近付いてきた相手に騙されたのである。

言うまでもないが、詐欺の輩ほど不安要素の無い良い話を提案して来るのである。

人を見る目が養われていなかったのが騙された原因であるが、これで私が性悪説に宗旨変えしていれば、私の場合、今は無かったように思う。

 

それと最後になったが、廃案にした案件については出来る限り、持ち込んでくれた相手方と面会して、お断りする具体的な説明を行うようにしている。

なぜならば、お断りするにしても善意で持ち込んでくれたのだから最大限の敬意を払うのが礼儀であるし、丁重にお断りしないと次に何かあっても声を掛けて頂けず、チャンスを逃してしまうかもしれない・・・と考えるからである。