諦めず気が遠くなるまで繰り返す

『何事も諦めず気が遠くなるまで繰り返す!』

私は柔道の中でこの事を学ばせて頂きました。諦めず精進を続けている限り未来に続く道は必ずあるはずです。

この歳になっても今尚、なかなか未来はスッキリとは見通せません。しかし日々に危機感を持って覚悟を決めて、走り続けております!


2016年

9月

25日

「絶対に勝てる」に潜む魔

ほぼ「勝利」を手中に収めた状態から、まさかの負けを喫するときが往々にしてある。

4年前、男子柔道の無差別級日本一を決める大会「全日本柔道選手権大会」の決勝戦に、私が後援会会長を務めさせて頂いている柔道家 石井竜太選手が勝ち進んだ。

身長193cm・100kg超級の大きな竜太選手に対し、対戦相手は二回り近く小さな174cm・90kg級の選手である。

体格差を見た瞬間、私は竜太選手の優勝を確信し、試合前であったが完全に浮き立ちながら優勝パーティ―の会場を急遽抑えた。

今夜は朝まで祝勝会だー!!!おぉぉー!

しかし・・・

結果は負けであった。

 

私は現役時代、相手を甘くみて、その結果負けてしまうことが少なからずあった。

「絶対に勝てる」と思った瞬間、慢心し油断し、それに起因するミスを多く重ねてしまい試合運びをうまく進められなくなる。そして試合途中からは、うまく進めないことに気持ちも焦り出し、日頃は自然に出来るはずの体捌きや組手、もっとも得意とする技まで掛からなくなってくる。

そんな時に「こんなはずではない!」と更に焦っても時すでに遅く、最悪の内容で負けてしまうことになる。

まぁ柔道の試合(スポーツ全般)に限らず、人生全般においても慢心・油断に起因する失敗やミスというのは怖いものである。

油断大敵の「大敵」は「最も強い敵」という意味らしい。しかしよく考えてみれば、その「最も強い敵」の正体は他人でも悪魔でもなく、油断してしまう「自分の心」なのだから、もどかしい。

獅子博兎(ししはくと)の四字熟語にもあるように、何事にも全力を尽くすことでしか良い結果は得られないのかもしれない。

 

ところで柔道をしていた当時、私は大変な負けず嫌いだったので、負けた相手に対しては、いつもすごく憎い感情を持っていた。次に試合をした時は、殴ってでもいいから勝ちたいとすら思っていた 笑!

しかしある時、「自分が負けた相手は、自分の弱点を教えてくれた先生と考えることが出来ないか?」と言われ、ハッとした。

相手がいるから戦えるし競えるし学べるし成長出来る。

講道館柔道だけではなくスポーツ全般の精神の根底にもあるように、全身全霊を傾けてお互いが切磋琢磨しながら競い合いことで、「相手を尊重する気持ち」や「相手に感謝する気持ち」が生まれるのだろう。

・・・と偉そうなことを書いてみたが、ほんとうは

私を負かした相手が駅の反対側のホームに居るのを見つけ、「柔道で勝てないんなら喧嘩で勝ってやるううー!」と走り出した私である。笑

ちなみにその時、私を羽交い絞めにして止めた1学年上の先輩が、石井竜太選手の父親(石井兼輔 国際武道大学 武道学科 教授)である。

 

2016年

9月

11日

障害者について 2

2016年7月、相模原の障害者施設で重度障害者ばかりを狙った痛ましい殺傷事件が起きた。

容疑者は施設の元職員で、「障害者がいなくなればいい」といった趣旨の供述をしているという。

私は障害者の雇用や高齢者施設の運営などハンディキャップがある方々と関わる事業をさせて頂いているので、ここに意見を書いてみたい。

 

現在、健常者として生きている人々は、たまたま偶然に健常者として生まれただけで、誰でも約0.2%の確率で(文献により差異有り)先天性の障害をもって生まれてくる可能性がある。

現在、健常者の方も事故や病気で中途障害者になる可能性がある。高次脳機能障害の方だけでも全国で約50万人以上、そして少なくとも年間1万人以上、毎年増え続けているのが現状だそうだ。

運よく健常者として人生を生きても、人間だれもが必ず老い、体が不自由になり、一人で生活するのが難しくなる。

他者からの援助が無ければ生きていけなくなる日が、いずれ必ず来るのである。寝たきりの障害者や高齢者の姿は、皆の「行く道」なのである。

 

花でも木でも虫でも動物でも人間でも、この世に生まれ出た限りは「生きたい」と考える。

いま現在「生きたい」と思ってない人でも、本当に死ぬような場面に直面すれば「生きたい」と思うはずである。なぜなら「生きること」はこの世に生まれた者の「役割」だからである。

寝たきりのような重度の障害がある人も精一杯その「生きる」という役割を果たしているのである。

健常者は障害者よりも恵まれて生まれて来た分、「生きる」という役割以外にも、多くの役割を背負うことになる。

 

私は子供の時に母から

「克ちゃんは満足に生まれて来たのやから神様に感謝しいね。健康に生まれて来たからには、満足じゃない人が困っているのを見つけたら、親や兄弟・親戚に関わらず他人さんであっても助けなあかん!」と教えられた。

身内や他人そんな内外は関係なく、人間という1つのカテゴリーの中で、健常者がハンディキャップを持つ人たちを支え、生きやすいように環境を整えてあげるのは、現在 健常者である者の責任であると思う。

動物ならば、強い者が生き残り、弱い者は淘汰されるだろう。

しかし人間はそうではない。人間は自分よりも弱い者からも学ぶことが出来る。他者を尊重することが出来る。思いやることも出来る。

弱い者が淘汰される世界ならば、人間は動物と同じじゃないか。

 

健常者は自分一人の力で生きている・・・という風に思いがちだが、決して一人では生きて行けない。周囲に支えられながら初めて生きて行ける。私はそれが分かるまでに40年かかった。一人では生きていけないのは健常者も障害者も同じなのだ。

 

話は少し逸れるが、私が子供の頃、事の子細は分からないが、祖母のところにお金を持ってお礼に来た人があった。祖母は、そのお金を一度は全額受け取り、袋を入れ替えて帰りのお土産代としてまた全額その方に手渡した。

私は祖母に「おばあちゃん、貰っといたらいいのに!」と言うと、祖母は

「あの人からお礼を貰ったら神様からのご褒美は貰えなくなるから頂かなかったんや!」と答えた。

私は当時、もったいない事をするおばちゃんやな!と思ったのを記憶しているが、今は理解できる。

人様から頂くお礼よりも、神様から頂く「徳」を祖母は積みたかったのである。

 

徳を積むことは結果的には自分の幸せに繋がっていく。

社会での自分の役割を考え、それを果たすことで徳を積むことが出来ると思う。

実行するかどうかは本人次第だが、健康な者は、そうでない者を手助けする役割(徳を積む機会)を神様から与えられていると思う。

 

幸い私は健康に生まれ、会社を経営する立場にいる。

自分の社会での役割を考え、それを果たしながら生きて行くことが、きっと結果的には社員や周囲の人をそして自分自身を幸せへと導いてくれるはずであると思う次第である。

 

障害者について 1>>

 

2016年

9月

03日

障害者について 1

当社が製造事業部門で障害者の雇用を始めたのは、今から約20年以上前のことである。

当時、会社の近くにあった大谷繊維工業所の大谷社長(元泉南市会議員、泉南市障害者雇用促進協会会長)の紹介で大阪府立砂川厚生福祉センターの先生が来社され、「生徒の就職をお願いしたい」と頼まれたのがきっかけであった。

今でこそ法整備も進み、各企業は障害者雇用に積極的になりつつあるが、先生曰く、当時はまだ多くの人たちが知的障害者に対して偏見みたいなものを持っており、「就職先をあちこちと探しているが、ほとんど断られるのです。」とのことであった。

当時はまだ今よりも会社自体の経営規模もかなり小さかったので、たった1名でしかなかったが、即座に採用させて頂いた。

 

この時入社したM君はその後、体力的に働けなくなるまで約20年間に渡り軽作業をお手伝い頂いた。

M君は当社が障害者雇用をスタートさせた1人目の人物であり、丸竹コーポレーション創生期の戦友でもあるので、今も私のデスクマットには彼の写真が挿んである。

会社の経営規模の拡大にともなって「2人ぐらいなら何とかなるかな」「3人ぐらいなら何とかなるかな」と思いながら1人ずつ採用を増やしていき、3年前からは厚生労働省より重度障害者多数雇用事業所の認定を頂いた。

現在は身体障害者3名・知的障害2名の計5名の方が製造事業部に在籍し、そのうちの1名は正社員として働いてくれている。

 

私は長年、障害者の雇用をさせて頂いている中で、障害者の方たちは、施設で大事に保護されるより、社会に出て働きたいと思っているような気がしている。

なぜならば毎日、体調が悪くても天候が不順でも、施設の先生の制止を振り切ってでも会社に来ようとする。

これは仕事をすることによって他者から認められ必要とされることに「生きがいを感じている!」ことに他ならないと思うのである。

私は経営者として、ハンディキャップがある人でも働きやすい環境を整えることと雇用の機会を創出していく事が、経営者の「義」であり社会的責任と考える。

この思いが、今年よりサービス付き高齢者向け住宅「フラワーホーム」で取組させて頂いている入居者様アルバイト制度にも繋がってきているのである。

 

今回は働ける力がある障害者のことについて書いてきた。

次回は働くことは出来ない重度な障害者や高齢者について書こうと思う。

 

障害者について 2>>

 

先月20日に開催されました「第5回 石井竜太選手少年柔道教室」の詳細をUPしました。

 

詳しくはコチラ>>

2016年

8月

26日

緊張からの脱出方法

先日、リオで開催されていたオリンピックが閉幕した。

開催前から、治安の悪さや工事の遅れ・ジカ熱など問題点を指摘する報道も多かったが、しかし今回のオリンピックはすごく素晴らしかったと思う。

日本のメダル獲得数も41個と過去最高を記録し、そのうち金メダルも12個と、これも過去最高記録だった。

柔道(JUDO)も好成績であり、特に男子は全階級でメダルを獲得した。

また東京オリンピックを4年後に控えて、日本のスポーツ全体がかなり強化されてきていることを感じ取れる大会であった。

 

画面からでも、各選手の克己たる信念を持った頑張り、最後まで諦めないという強い気持ちが伝わって来る場面が多くあった。

ここに来るまでには、幼少の頃から人生のすべてを費やしたと言っても過言では無い血の滲むような努力があったに違いない。

また、4年に1度しかないオリンピックの本番で持てる力のすべてを出しきる難しさを感じさせる場面も多くあった。

オリンピック選手にかかるプレッシャーには到底及ばないが、私も当時、練習してきたことのすべてを本番で思い通りに出すことの難しさを常々痛感していた。

特に試合前の緊張感は、指導者や後援者への恩義・自分自身への不安・所属団体の名誉など色々な想いが心の中で錯綜して頭の中が真っ白になり、心臓が押しつぶされそうになった。今はスポーツ科学も深化して一流選手になるとメンタルコーチなども付いてくれたりして、多角的にサポートされてきているらしいが、それでも最後はやっぱり自分自身の心であろう。

余談だが、私の熊やゴリラみたいな風貌からは想像も付かないだろうが、実は私は上がり症である。

そこで当時、私が試合前に行っていた緊張を解きほぐす方法は、同輩や後輩の前で「アホ踊り」を踊ることであった。

当時のコーチ松本薫先生5段(現 天理柔道会会長)から、「おい立花、試合前の緊張を解きほぐすのは、アホ踊りをするのが一番やで!」と教えて頂いたのがきっかけである。笑

先生は私のおどけてちょける※のが大好きな性格を熟知していてくれたのであろう。

ちなみにアホ踊りとは、「どじょうすくい」と「南京玉すだれ」を口から出まかせに自分流にアレンジした踊りである。

当時、なぜかこの踊りを試合前に踊ると緊張がかなり解きほぐされてリラックスに近い状態で試合に臨むことが出来た。

大人になって書籍で知ったことだが、リラックスしている状態によく行う所作(あくびなど)を緊張時に行うと、脳がリラックス状態と勘違いして緊張が解きほぐされるらしい。

現在でも、たまに極度の緊張を強いられた時には「カーニバル」という名の口から出まかせのオリジナルの踊りを踊っている。(笑)

 

話は逸れてしまったが、リオオリンピックが終了し、これから国内では4年後の東京オリンピックに向けて選手サポートも益々強化され、東京オリンピック気運も高まってくると思う。

各競技の選手間の競争も益々激しくなってくるであろう。

選手のみんなが一生懸命に頑張っている姿を見ると勇気を貰える。

4年後の東京オリンピックがより楽しみで待ち遠しくなった。

 

※関西弁で「ふざける」の意

 

2016年

8月

11日

一生懸命だと知恵が出る

以前「ひらめきは情報を蓄積してから」という記事でも書いたように、仕事で成果を上げるには戦略が必要不可欠であり、戦略を考えるうえで「ひらめき」は重要なウエイトを占める要素の一つであると思っている。

そこで今回は視点を変えて、柔道で体感した「ひらめきは一生懸命からも生まれる」ということについて書いてみたい。

 

天理高校柔道部の学生時代、柔道に青春のそのすべてを費やして多くの事を学んだ。

その学んだことの一つに「一生懸命やる」というのがある。

最近の若者の傾向として、一生懸命やるのはダサい、努力せずに結果を出す方が格好いい、「一生懸命やっている」とアピールする奴は格好悪いとする風潮があると感じる。

しかし、私のこれまでの人生を振り返ると、今あるものの全ては「一生懸命」という基礎の上に成り立っていると明言する。

特段才能があるわけでも運があるわけでもない私にとって、一生懸命やるというのが自分の夢を叶える一番の近道であった。

また「一生懸命」は「ひらめき」を生んでくれる要素の一つでもある。

 

とにもかくにも学生時代は、自慢してしまうほど一生懸命に柔道の練習に日夜明け暮れた。

その中で、練習中に突然「ひらめき」を覚え、組手の持つ位置を変えたことがあった。

するとどうだろう!? 

相手を投げることが出来る精度が格段に増し、その上、ディフェンスの精度まで増して、投げられることさえも格段に減少したのである。(引手である右手の持つ位置を、相手の袖口から脇の下に変えた。)

これは「強くなりたい!」と一生懸命に努力をするうちに、無意識のうちに脳が働き「ひらめき」が生まれた結果だと思った。

言い方を変えれば、「一生懸命から知恵(ひらめき)が出た!」のである。

武田信玄の言葉らしいのだが、私がよく言っている言葉がある。

一生懸命だと知恵が出る

中途半端だと愚痴が出る

いい加減だと言い訳が出る

 

「ひらめき」とはゼロから突然生まれ出るものではない。

一生懸命やっている内に、自身が視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などで経験した記憶(情報)が蓄積されて、そのピースが無意識のうちに繋がり、そこから「ひらめき」が生まれ出る。

人間の歴史を見ても、ひらめきが人を進化させた。

同じように、ひらめきが無い会社には発展もないと思う。

それほど「ひらめき」は重要である。そして「ひらめき」を起こすための近道は「一生懸命」だと私は信じている。