先日、日頃からお世話になっている地銀の担当者さんからお声掛けいただき、地銀さん主催の交流会バスツアーに参加してまいりました。
行員さん7名と、泉州エリアの経営者やそれに準ずる皆さまが集まり、総勢約30名のにぎやかな旅となりました。
集合は11時30分。
これは絶対に遅れるわけにはいかない!と余裕を見て11時に到着すると、他の皆様も続々と集まってこられ、予定より15分早い出発となりました。
車中では支店長や会長のご挨拶に続き、お弁当をいただきながら和やかな昼食。
まるで大人の遠足のような雰囲気の中、阪和道を走り抜け、一行は歴史の息づく吉野へと向かいました。
前日の予報では最低気温マイナス2度、標高約390メートルの金峯山寺(きんぷせんじ)へと向かうため、分厚いダウン、マフラー、手袋、腹巻にはマグマのカイロを貼って向かいました。
最初に訪れたのは、世界遺産や文化財の修復も手掛ける福西和紙本舗さんです。
吉野和紙の歴史そのものともいえるこの場所で、人生初の紙漉き(かみすき)を体験しました。
ご主人の細やかな手ほどきを受けながら、無心なって8枚のハガキを漉き上げました。
本舗のご主人は吉野の商工会の会長も務めておられるとのことで、今回の参加者である熊取町商工会会長と、地域の未来について熱心に意見を交わされていました。
また最後にご主人がご挨拶されましたが、紙漉の話だけではなく、吉野の経済状況や今後の展望まで含まれた示唆に富むお話を伺うことができました。
その後、一行は金峯山寺に向かい、午後4時頃に到着しました。
さすがに、この高度まで来ると気温がグッと下がり、肌を刺すような冷気です。ツアーガイドさんによれば、わずか3日前には10cmほどの雪が積もっていたとのことでした。
散策の途中、「急な坂道100メートル」「穏やかな坂道250メートル」の分岐がありました。
私を含め年配の方が多かったので、「膝が・・・」と笑い合いながら、皆で穏やかな坂道を進みました。
4時半からは本堂で行われる夕座の勤行に参列させていただきました。
最初は礼儀を考えて上着を脱いでいた私達でしたが、吹き晒しの本堂にて1時間の勤行。
あまりの寒さに、気が付けば全員しっかり上着を着込んでいました。
日頃、寒さに対する鍛錬をせず、僧籍を持たない私達からすれば、「体験」を超えたまさに「修行」と呼ぶべき時間でした。
身も心も引き締まる、忘れがたいひとときとなりました。
バスに戻り、カイロを手に握りしめながら、ようやくほっと一息着きました。
懇親会は竹林院群芳園で行われました。
地銀の皆様をはじめ、これまでの交流会で顔なじみの経営者の方も多く、支店長のご挨拶、会長の乾杯の音頭からスタートし、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
その中で、ひときわ印象に残る出会いがありました。
M株式会社の社長との出会いです。
以前からご挨拶程度の面識はあったのですが、
「すごい耳の潰れ方をしてますな。柔道ですか?僕の耳はレスリングでしてね」と声をかけてくださり、思わず私も「触ってみますか?社長も相当厳しい練習をされたんですね。耳を見れば分かます」と返し、お互いの「潰れた耳」に触れ合った瞬間、言葉を超えた連帯感が生まれました。
かつて不条理とも言える昭和の厳しい練習に耐え、己を磨き上げた日々。その共通の原体験が一気に距離を縮め、昔からの先輩か友人であったかのような錯覚さえ覚えました。
そこからは学生時代の思い出話に始まり、経営の話、仕入れの話、日本経済の話、為替の話、地政学リスクの話、そしてお互いの苦労話まで多くの話をしました。
経営者は孤独なものですが、同じ立場で本音で語り合える相手との時間は、何よりの励みになるものだと実感しました。
また私より年上の経営者の覇気ある姿を見て、まだまだ私も頑張れるなと勇気づけられました。
近日中の再会を約束し、最後は皆で万歳三唱をし、この濃密で長い一日は幕を閉じました。帰りのバスでは皆、爆睡と沈黙の2時間でした。
地銀の皆様の心尽くしの企画により、大変有意義な一日を過ごさせていただきましたことに心より御礼を申し上げます。
参加者一人ひとりに気を配り、時に走り、時に時計に目をやり、会の円滑な運営に尽力しておられた姿に、陰で支えてくださる方々の存在の有難さを改めて感じました。
地銀の皆様が、地域の経営者同士のつながりを大切にされている想いが随所に伝わり、そのおかげで参加者同士の交流も自然と深まったように思います。
私自身も経営を通して、地域経済の発展に微力ながら尽力してまいる所存でございます。
きっと行員の皆様、ようやくご自宅に辿り着かれた頃には、動けないぐらいクタクタだったことでしょう笑。
ありがとうございました。
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