誠に悲しいことの多い一年でした

【いくつもの別れ】

年の瀬も押し迫ってきました。思えばこの一年は私個人にとりましては誠に悲しいことが多い年でした。

昨年末には弊社の専務取締役が急性肺炎にて急逝いたしました。(関連ブログ:訃報と中間報告>>

当社にスカウトした時、彼は自分の会社を経営していたのに、一瞬の逡巡も見せず二つ返事で快諾してくれました。

そんな専務の急逝はあまりに予想外で、現実のことだと実感が持てないまま、専務の担っていた仕事を数人で分担し、慌ただしく過ごした年末でした。

年が明けて元日には、父・竹男が体調を崩し、3日には緊急搬送されました。私も救急車に同乗しました。その後、父は少し元気を取り戻すと、持ち前のわがままと口の悪さを発揮して病院にご迷惑をかけ、私は何度も謝罪に出向くことになりました。入院先も3度変わり落ち着かない日々が続きました。

この間、伯母(父の姉)が永眠いたしました。

この伯母は、体が弱かった私の母が度々入院する中で、子供だった私を預かり面倒をみてくれたうちの一人でした。

4月には、私が小学生の頃からのお付き合いの神職の川畑先生がご逝去されました。

先生との出会いは確か父が起工式の御祈祷をお願いしたのが始まりで、神職に興味が湧いた小学生の私は先生にお手紙を送ったりして親交を深め、経営者になって以降も夢見が悪いと「先生、こんな縁起の悪い夢を見た。正夢だったら嫌なのでご祈祷しておいてください」と電話すると、「そんなの正夢でもなんでもないから!」と一蹴するような、神職でありながらリアリズムを持って私の話を聞いてくださる先生でした

そして5月には、父は息を引き取りました。享年91歳でしたの大往生と言えるでしょう。臨終にも立ち合い、最期を見送ることができました。

親子としての距離は埋まらなかったかもしれないですが、自分がやるべきことは全部やったと感じることができました。(関連ブログ:さらば反目の父、また会う日まで>>

7月には私の経営の師であり、出会いから47年間ずっと憧れの人であった東建コーポレーション株式会社 左右田鑑穂代表取締役会長がご逝去されました。

まだこれから先、幾度かお目にかかれる機会はあるだろうと思っていましたので、訃報に接した折には言葉を失い、しばらく声も出せないほどの深い悲しみに沈みました。(関連ブログ:追悼 東建Corp. (株)左右田鑑穂代表取締役会長>>

しかし生きている者たちは前を向かざるを得ません。

左右田会長もきっと「いつまでも悲しむな!そんな暇が有ったら仕事をしろ!」とおっしゃられるはずですから、長年導いてくださった恩に報いるためにも、社業の躍進を心に誓います。

 

【嬉しかったこと】

今年の春先、長年勤めてくれた専門職の社員の退職がありました。人手不足でなかなか次の人員が決まらず、頭を悩ませる日々が続きました。

そんな折、長年にわたり私を支えてくださっている方が、本来の専門とは異なる領域でありながら、その役割を買って出てくれました。

大学で講師も務めておられる方でしたので、「大学が休みの間だけ」ということで業務の引き継ぎを担ってくださり、その間に新しい人材を見つけることができました。

困難な状況を理解し、惜しみなく力を貸してくださったことに、心から感謝しています。

ブログにはこの一件だけを記しましたが、実際には同じように多くの方々の温かなご厚情に支えられ、今年も歩みを続けることができました。

 

また、2023年春頃から始めた「第3の創業」とも言える経営及び組織改革ですが(関連ブログ:■再スタートの春>> ■第三の創業>> ■訃報と中間報告>>

まだ年度末までには三か月ございますが、各部門の改革において、前年度上回る成果を着実に積み重ねております。

これもひとえに、お得意様のご厚情と社員一人ひとりの頑張りに支えられました結果と、心より御礼申し上げる次第であります。本年も誠にありがとうございました。

引き続き、怠ることなく社員ともども社業に邁進する覚悟でございます。重ねてのご指導・ご厚情の程、伏してお願い申し上げる次第であります。感謝!!

 

【追記】

先述のような状況に鑑み、年末年始のご挨拶は誠に勝手ながら控えさせていただきます。

何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。