たった1000日じゃないか

天理高校柔道部の当時の鬼監督 加藤秀雄先生は、私たち柔道部員を叱ったり励ましたりする時、「高校3年間、たった1000日じゃないか!?」

「たった1000日も頑張れないのか!?」

「1000日間で良いから毎日毎日、今日一日だけと思い必死に練習しろ!」とよくおっしゃった。

しかし高校生だった私は「加藤先生はたった1000日と言うけれど、1日1日がこんなにもしんどくて長いのに、1000日間なんて気が遠くなるほど先じゃないか!到底無理だ!」と心底嫌気が差していた。

思い返してみても、春に入学し秋が終わる頃ぐらいまでが一番辛かった。

毎日振子のように「もう辞める」と「あと少しだけ続ける」の間を行ったり来たりしていた。

それでも、何とか先生・先輩・OB等の方々に支えられながら練習を続けていた1年生の終わり頃(約333日経過)に、ふと考えたことがある。

俺たちは、3年間1000日で卒業だが、しかし先生は、その1000日を幾度となく繰り返している。

ヒヨっ子のような新入生を叱咤激励しながら逞しく育て、全国優勝させ、それで「めでたし めでたし ハイおしまい」ではなく、次の年もその次の年も延々と、ヒヨっ子たちを叱り慰め育てて全国優勝を目指し、そして春には送り出し、また次のヒヨっ子を迎えている。

そのことに気付いてから「あぁ先生に比べたら、1000日なんて短いな」と何とか思えるようになった。

2年生になって力が付いてきたお陰と、苦しいことでもそれが習慣化したせいもあろうか、一日一日がそれほど苦に感じなくなった。

そして卒業する頃になると1000日過ぎていたことさえ忘れていた。

以前にも書いたが、先生は卒業式の日の朝まで私たちに練習をさせた。

それは「全国優勝がゴールではない」という意味や、「この1000日は人生の通過点」という意味もあったのだと思う。

 

私は本来とても飽き性で、人生の中で初めて、毎日3年間続けることが出来たものが柔道であった。そしてある程度、人生の中で最初に結果を出せたのも柔道であった。そして、柔道から学んだものが今の私の経営の礎となっている。

経営とは、月並みな言い方だが、どこまで走ってもゴールのないマラソンレースのようなものだと感じる。

その思いから、私の座右の銘は「諦めず気が遠くなるまで繰り返す」となった。

 

しばしば若い人から相談を受けるので、その時に私が言う言葉がある。

「どんな状況になっても、最低1000日間は続けることだけを考えて、一日一日の仕事を必死に頑張りなさい!」

「昔から石の上にも3年と言われているが、結果を出すにはそれなりの期間が必要。3年続ければ世界観も変わってくる。」

「始めたら最低3年間は続ける覚悟がないなら、やらない方が良い。」

 

最高に苦しかった天理柔道の3年間から、もし私が逃げ出していれば、今とは全く違った人生を送っていたことは間違いないだろう。