「出来ません」と言うのが一番難しい

新幹線を作った男、島 秀雄(しま ひでお)さんという方をご存じだろうか?

話は20数年前に遡るが、テレビ番組に出演された島さんは、記者の「次代を担う人たち伝えたいことは?」という質問に次のように答えられた。

 

「出来ない」と言うより、「出来る」と言う方がやさしい。

何故なら「出来ない」と言うためには、何千何百とある方法論の全てを「出来ない」と証明しなければならない。しかし、「出来る」と言うためには、数々ある方法の中からたった一つだけ「出来る」と証明すればいいからである。

 

私は島さんのこのお言葉を聞いて、深く感銘を受けた。

 

20年程前、京都の料亭の夏の冷房対策に使うということで合成繊維の膝掛けの注文がお得意様に舞い込んで来た。そこでお得意様から当社に、「この色の膝掛けを納入して欲しい」ということで生地の端切れを色見本として受け取った。

そこで私は早速、膝掛けを織る原料の糸を染色工場さんに持って行き、染めてもらうように依頼した。

しかしテストで上がって来た糸は、見本の色とは似ているけども違う。何度かやり直しをお願いしたが、結局これ以上は無理との事だったので、他の染色工場さんを当たることにした。

しかし、2件目の染色工場さんでも、近いところまでは行くのだが、やはり見本と同じ色合いは出せなかった。その後も3件目、4件目と染色工場さんを回り歩いたが、どこでも結果は同じだった。

注文の糸量は小ロットであり、これ以上 時間を割いて染色工場さん周りをするのは、有益ではなかったが、「諦めず気が遠くなるまで繰り返す」を信念としている私は、ここで「出来ませんでした」と諦めるのは、自分に自分が負けてしまったような気がして、男として嫌であった。

その当時、泉州地域には大小含めて9件の染色工場さんがあったので、「まだあと5件あるでー!」と気持ちを立て直した。しかし5件目も6件目もその次も結果は同じであった。

そして8件目を訪れた時、どうして見本の染め色が再現出来ないのか、ようやく判明した。

8件目の染色工場さんは、大手さんの子会社という事もあり、研究室まで備えた会社であったのが幸いした。見本に貰った生地の端切れは、公害問題で近年では使用が禁止されている六価クロム系の薬品を使用した染料で染められていたものだったのである!見本で渡された端切れは、きっと使用禁止の法規制がされる以前に製造されたものであったのだろう。

これでようやくお得意様に対して「出来ないことを証明する」ことが出来る!と、私はホッと肩の荷を降ろした。

 

以上のように私は簡単に「出来ません」というのが嫌いである。過去に、出来ないことがもう証明されているものや、どう考えても物理的に無理なものは、「出来ません」と言うが、仕事の依頼は、出来る限り、簡単に断りたくはないと考えている。

だから、当社はたとえ毛布1枚からでも仕事の依頼は受けさせて頂いている。

枚数が少なければ少ないほど手間が掛かるだけで、生産性を考えれば赤字になる場合も少なくない。

しかし、生産性にだけ拘るのでなく、非効率であっても、どこも引き受け手のない依頼を受けることで、次の大きな仕事に繋がる場合も多い。

また面倒な仕事でも断らず挑戦すれば、経験値をアップする事が出来るので、その経験を別の場面で生かせることもある。

 

 だから当社は簡単に「出来ません」とは言わないのである。