努力を極めてからじゃないと運(天命)は来ない

今回は、「運」について少し書こう。


現実社会の営みや柔道の試合の中で、実力以上の結果に「運が良かったですね!」、実力はあったのに「不運だったですね!」などは、よく使われる言葉だ。
私は過去、永年に渡り柔道に携わって来た中で、確かに「運、不運」が勝敗を左右したことが往々にしてあった。
力の差が大きい地方大会クラスなどは別として、全日本レベル、ましてや国際レベルになれば、運は勝敗に関係していると思う。
というのは、全日本レベル以上になるとほぼ全員が、日々の努力や精進の積み重ねにおいてはもうほとんど差がなく、やはり努力だけでは、なかなか上位へは行けない。


では「運」とは、いったい何なのだろうか?


■人より飛び抜けて恵まれた肉体を持って生まれること。
■自然の摂理。
 例えば対戦相手が、得意とする選手だったなど。
■地の利。
 例えば試合会場がホームグランドだったり、試合会場の畳が普段練習している畳と同じだったなど。
■習慣。
 習慣は第二の天性とも言われているが、意識せず行っていた習慣が、思いがけなくも勝敗に役立ったなど。
■現在の環境。現在に至るまでの環境。


これらを『運』というのではないだろうか!?
こうして並べあげてみると、やはり「運」は天命であるがゆえコントロールはなかなか難しいものである。
しかし努力という土台があってこそ運は巡って来るものであり、努力なくして運だけで成功出来るわけはないのだ。


『人事を尽くして天命を待つ』という言葉がある。
人間の能力でできる限りのことをしたら、その結果は天の意思に任せるという意味だ。

努力が必ず報われるとは限りらない。
しかしながら、努力を極めてからじゃなければ運は来ないと私は考えている。
努力不足を「運がなかった」とすり替える人間に、運は来ないと思うからだ。
「運がなかった」と言って良いのは、日々の努力と精進を積み重ねた人間だけだ。

 

華やかな道の裏には必ず地味な努力と精進の繰り返しが存在している。
『何事も根気良く、気が遠くなるまで繰り返す!』
今日もそう自分を鼓舞している。